[353]スイスに住んだセレブ18-1

■グシュタードとメニューイン・フェスティバル

メニューインと言っても知らない人が多いだろうが、ハイジおばさんの青春時代には、神童の名が高かったヴァイオリニストである。

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観光地として有名なユングフラウ地方とレマン湖畔を、しゃれたパノラミックカーで結ぶゴールデンパスルートは、車窓の景色を楽しむ客ばかりで途中下車する人は残念ながら少ない。前述のロシニエール、シャトーデーはフランス語圏だが、少し先でドイツ語圏に入り、その中心のグシュタードは、東のサンモリッツと並ぶスイスのセレブの町だ。町の中心の丘に立つパレスホテルがセレブの集合場所だが、そのグシュタードと隣村のザーネンが長年開いてきたのが、"Menuhin Festival Gstaad"。メニューインの没後もずっと続いているようだ。

スイスの紹介も、有名な観光地だけに片寄ってしまった現状では、このセレブの町”グシュタード”の情報はまったく入ってこない。しかし幸いなことに、下記のスイス在住の日本女性のブログで、この音楽祭が今も盛大に行われいることが確認できた。
http://blog.livedoor.jp/erdbeere0712/archives/51448845.html
付属して音楽祭アカデミーも開かれているようである。
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[352]スイスに住んだセレブ17-1

■画家バルチュスと節子夫人

シャトーデーまで来たら、隣村のロシニエールにあるグランシャレーの紹介は欠かせない。ここはあの偉大な画家バルチュスと日本人の節子夫人の館だ。ロシニエールはシャトーデーの隣駅、路線のMOB鉄道はパノラマ列車も運行する観光路線だが、ここは「お知らせがなければ通過」する小さな駅。乗りたい時も前もって駅のボタンを押しておかないと、待っているその眼の前を電車は通り過ぎてしまう。
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青い車両の向こうに見える大きな屋根がグランシャレ-
グランシャレーはその名の通り、スイスでも例を見ないほどの大きなシャレーで、建築そのものが骨董品のようである。バルチュスの生前にこの家の門前をうろついたことがあったが、ちょうどこの大画家が、大きな門の外にあるガレージのようなアトリエからシャレーに戻るところに遭遇した。車椅子でくるり回れ右してシャレーのドアを入る時、画家特有の鋭い目でこちらを見たその眼光がいまも思い出される。もう少し近寄ろうとしたら、大きなシェパードに猛然と吼えつかれたっけ。

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         この地方独特の工芸「デクパージュdécoupage(紙切り細工)」  

[351]スイスに住んだセレブ16-1


■デヴィッド・ニーブンとシャトーデー

デヴィッド・ニーブンと言っても知らな〜いという若者が多いかもしれないが、「八十日間世界一周〜熱気球の旅」と聞けば、なんとなくあのダンディなおっさんを思い出してもらえるかもしれない。このイギリスのちょっとおかしみのある俳優は、レマン湖畔から数十分アルプス山中に入った素朴なシャトーデー村に長く住んでそこで亡くなり、この村の墓地に葬られている。
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シャトーデーは、標高968mの夏冬人気のリゾートで、まさに桃源郷という以外の表現が見つからない牧畜と民芸の里である。ここの朝夕の気流が熱気球の打ち上げに適していることと、デヴィッド・ニーブンがこの地に住んだことと, ニワトリと卵のどちらが先か知らないが、ともかくシャトーデーは熱気球大会のメッカとなっていて、村の中央ロータリーには気球の模型が飾られている。


やっぱり気流が良いに違いない。世界一周熱気球無着陸飛行に成功したベルトラン・ピカールの「ブライトリング・オービター3」も、ここシャトーデーから飛び立った。ピカール一家は、スイスではセレブ中のセレブで、お爺さんのオーギュスト・ピカールは物理学者/深海探検学者、お父さんのジャック・ピカールは潜水艇のバスチカーフを開発し、孫のベルトランが気球に続いて太陽エネルギー飛行機ソーラー・インパルスによる世界一周飛行のプロジェクトを展開するという科学者一家でもある。
Image73_convert_20160211095748.jpg シャトーデー_convert_20160211112107


[350]スイスに住んだセレブ15-1

■ジャン=ジャック・ルソーは何国人?
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小学唱歌の”むすん〜で、ひらい〜て”の作曲者としてはあまり知られていないルソーだが、生まれたのはジュネーブの旧市街。フランス革命勃発の一年前にフランスで没している。ジュネーブのシンボルであるサンピエール寺院近くの生家は、いまはオーディオ設備を駆使した博物館になっていて、たったの25分でルソーの生涯を駆け抜ける。
 残した教育的知的財産は計り知れないものがあることに異論はないが、実際の生涯は子捨て、不倫、逃亡などと悲惨な部分も多く、その多くがスイスの地にまつわる。ジュネーブを起点に、多くの作品の舞台となったレマン湖畔のクララン附近、ワランス夫人の家を斜に見るヴェヴェイの「カフェ・クレ」、友人を頼ったヌーシャテルの「ペイルー邸」、ヌーシャテル湖に浮かぶサンピエール島、ジュラ地方のモチエなど、これらを辿るだけでも観光旅行になりそうだ。
 ジュネーブはルソーが生まれた当時小さいながら一つの共和国として独立した存在で、1815年にいまのスイス連邦に加入してその州のひとつになった。だから今で言えばルソーはスイス人ということになる。しかし葬られたのがヴォルテールと並んでパリのパンテオンということになれば、立派なフランス人のようでもある。
 真田丸は信州上田の産である!と言いたくなる心意気も判るような気がしてくる。

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プロフィール

ハイジおばさん

Author:ハイジおばさん
スイスとのおつきあいは、スイス政府観光局から始まって、もうかれこれ40年。まだまだ奥深いスイスの魅力を追いかけています。hpもどうぞご覧下さい。
www.office-romandie.info/

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