[396]『マルチナ・ヒンギス』(E.バリリエ著、鈴木光子訳, 1997年刊)

1章(6):例外中の例外
Hingis_3_convert_20170307162254.jpeg ©André Springer, Horgen
 しかしながら,「メディア」自身がこのあたりのニュアンスをうまく処理できないでいる。加えて私が敢えて言いたいのは、「メディア」とは、とりもなおさず「私」であり、「あなた」だということだ。いつも好奇心一杯で、無作法、貪欲で、家に持ち帰るのが憚られるような雑誌を、歯医者でこっそり読むのが好きな人種のようなものだ。それは、そういったことを実際にする人種より始末が悪い。
 世間はマルチナを褒めちぎる。彼女の勝利を願うと同時に、彼女のすべてを知りたがるのだ。しかし実のところこの世間というものと我われは、どこが違うのだろうか? あの小さなボールが成し遂げる偉業に対し、我われは芸術家に対すると同じ権利と義務を持つ。我われは、彼らの私生活を暴くこともできる。しかしそうやって我われは、彼らの作品を天引きしているのと同じことになるのである。

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[395]『マルチナ・ヒンギス』(E.バリリエ著、鈴木光子訳, 1997刊)

1章(5):例外中の例外  

  すでに巷の新聞記者たちが生活に入り込み、パパラッチたちが、イギリス王室のレディや、モナコの可哀想な王女さまと同じように跡をつけまわしているらしい。
 ひと言で言って、将来は誰にも判らない。いまの時点でこの選手が我われに呉れる贈り物は、明日はもう貰えないかもしれないし、また呉れようとしないかも知れないのだ。
 しかし大事なこと、我われの頭の中に生き続けるものは、いまこの瞬間の彼女であり、プレーするこの年齢、すべてがゲームであり栄光でもあるこの年齢なのである。彼女の今のプレー、彼女の今のスタイル、彼女の今の芸術、それだけが私の話したいことである。
 彼女の私生活のこまごました事、生い立ちとか、趣味とか、若い女の子の気まぐれとか、そうしたことを語って悪いわけでないが、勝負とは、ひとつの人格の表現であって、その存在の発露でもある。つまり私は、マルチナ・ヒンギスを人として語りたいのであって、それを私生活と混同することがないようにするつもりだ。それは、芸術家が我われに与えてくれるのは芸術であって、あと何を開示してくれるかは、本人の意志次第であるのと同じである。


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[395]『マルチナ・ヒンギス』(E.バリリエ著、鈴木光子訳, 1997刊)

1章(4):例外中の例外

 しかし、それだけが、もう今のうちから私に、このプレイヤーに関する本を書かせようとする動機ではない。それは、書くことを待つ理由がないどころか、もしマルチナ・ヒンギスが我われにもたらしてくれる最も純粋で貴重なものを保持しようとするならば、急がねばならないと思えるからである。なぜなら時というものが、我われに対するより、より強力に彼女にあらがうかも知れないからだ。月日が経てば経つ程、彼女のしていることから真の彼女の姿を見分け、彼女の成功と彼女の才能を切り離すことが難しくなる。彼女の獲得ゲームが数を増し、そして彼女の銀行預金が増えるに従って、我われはその彼女の勝率と財産から目が離れなくなる。我われ自身、才能と力、量と質を混同する烏合の衆の片割れになって行く。加えて、マルチナ自身、いつ運命の女神の気まぐれにさらされるかも判らない。

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©André Springer, Horgen



[393]『マルチナ・ヒンギス』(E.バリリエ著、鈴木光子訳, 1997刊)

1章(3):例外中の例外   images-2_convert_20170217121959.png
 

 ロッティーのずば抜けた能力はともあれ、彼女の時代から110年経った今、テニスは驚くほど進化しており、その成熟度に合わせてマルチナ・ヒンギスの才能と早熟さが、ユニークなものとして喧伝されるわけである。加えて、記録に記録を重ねてグランドスラムを勝ち取った現代のチャンピオンは、すべてのテニスの歴史を通じて、最も若い“世界一”なのである。
 マルチナは、例外である。となると、例外とはなんぞやと言う事になるだろう。例外はそれ自身が語る以上に、そうでないものが何たるかを語ってくれる。例外とは、基準があやふやになったときにこそ、明らかに姿を見せる。例外とは、規範がぐらついた時に見せる明瞭性である。われわれ凡人は、それを見てはじめて、普段は隠れていて良く見えない、普通のこととは何かを見つけるのである。我われは、それを通して、たしかな証は何かというレッスンを受けるのである。


[392]『マルチナ・ヒンギス』(E.バリリエ著、鈴木光子訳, 1997年刊)


images-1.png      第1章(2) 例外中の例外

 マルチナ・ヒンギスより若い年齢で、テニスのメジャーな世界大会を制した選手を挙げるとすれば、1世紀以上遡らなくてはならない。それはテニスと言っても、今とは全くといえるほど異なるテニスの黎明期のことであり、比較する意味も無いかも知れない。 それはロッティーの愛称で呼ばれ、ウィンブルドンを15才と10ヶ月で制したシャルロット・ドッドのことである。1887年であった。
 当時は、女子のサービスは「スプーンサービス」と呼ばれるアンダーサービスだった。
 テニスの他に、ロッティーは、アーチェリー、アイススケート、ゴルフ、ホッケーなどもこなしていた。この何でも屋の少女は、89才まで長生きして、1960年に亡くなった。マルチナは、知る限りでは、テニスの他には、水泳、ローラースケート、バスケット、フットボール、それにボクシングを少々やるという。




[391]『マルチナ・ヒンギス』(E. バリリエ著、鈴木光子訳、1997年刊 )


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(20年前の著作ですが、毎回少しずつ翻訳してお届けいたします)


第1章(1):例外中の例外

 マルチナ・ヒンギスは、16才という年齢で、ひとつのスポーツが、もっとも過酷な闘いを通してひとつのアートに成り得る事を証明した、稀なる人物である。彼女こそ例外中の例外である。ル・モンド紙の記者が、いみじくもオーストラリアの国際紙で表現した通り、彼女は「絶対的な才能」を持っている。
 しかし、だからと言って、彼女に本を献呈するのは早過ぎるのではないだろうか? それより、彼女が頂点に達するか、それとも最後の時を迎えるまで待つべきではなかろうか?
 いや、早すぎることはない。たしかにこの「テニス界のモーツアルト」は、人生の夜明けを迎えたばかりではある。しかしこの夜明けはすでに真昼の陽光を放っている。何ヶ月も前から、いや何年も前から、彼女は、「他の誰とも違うプレー」を見せている。それは例えば、ヤナ・ノヴォトナなど、他の選手が認める通りである。









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スイスとのおつきあいは、スイス政府観光局から始まって、もうかれこれ40年。まだまだ奥深いスイスの魅力を追いかけています。hpもどうぞご覧下さい。
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