[399]『マルチナ・ヒンギス』(E.バリリエ著、鈴木光子訳, 1997年刊)

1章(9):例外中の例外

Hingis_4_convert_20170425215941.jpeg ドイツのある週刊誌によって行われた全種目、すべての職業、年齢を問わない人気投票で、「1996年の第1位のスイス人」に選ばれたのが、マルチナ・ヒンギスであった。第2位は、アトランタ・オリンピックの体操で金メダルを取ったリ・ドンファである。ちなみにスイスでノーベル医学賞をとったロルフ・ツィンカーナーゲルは第3位でしかなかったが、それでも政治家は大きく引き離していた。上位10人の中には芸術家の名も多く見られたが、社会活動家とか赤十字の代表などが選ばれることはなかったのである。

この結果を見て、スポーツ嫌いの連中の言いそうなことは判っている。目で見えるものしか、人は興味を持たないと!。一般大衆は明らかにマルチナ・ヒンギスを選んだ。それは、彼女が、研究者や絵描きや看護婦より、明らかに頻繁にテレビに登場し、新聞に書かれたりしているからではないのか? それは彼女が、芸術より、スポーツを実践し、試合に勝ち、金を稼いでいるからではないのか?
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[398]『マルチナ・ヒンギス』(E.バリリエ著、鈴木光子訳, 1997年刊)

1章(8):例外中の例外

 彼女が実践するスポーツ、シリアスな方々の注意を引きそうもないこのスポーツは、テニスの美しさと重要性を説いてやまないあのナボコフを引き合いに出すまでもないとしても、このスポーツに関して、テニスのラケットは軽蔑するが、ヴァイオリンやハープの弦は愛してやまないと言って憚らない人々を私は信じない。例えスポーツが、巨万の富で腐らせ、変形させられるものであったとしても、それは基本的には無償のものである。それは芸術と同じく、遊びの表現である。ホモルーデンスは遊戯する自由な人間である。これがこの本を書く基本の精神である。 

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 無謀な試みだとおっしゃる声が聞こえるようだ。大真面目な方々の失笑を買うことだろう。彼らは、スポーツは遊びにはなり得ないし、ましてや無償の遊びなどではない、と言うだろう。ましてやアートだなんてとんでもない。それは勝つことへの渇望で台無しにされ、獲得することの誘惑に駆られて、腐敗している。テレビという魔物が、使い捨て同然の視聴者に、偽の価値を押し付けているのではないか?

[397]『マルチナ・ヒンギス』(E.バリリエ著、鈴木光子訳, 1997年刊)



1章(7):例外中の例外

 彼らの作品などという表現をすると、ちょっと大袈裟だと言われるかも知れないが、私はこの言葉を繰り返し使いたい。たった16才の少女、その上手なラケットさばきに、我われの賞賛のまなこを向けられる他になんの取り柄もないこの少女に、何十ページもさいて本を捧げるなんて正気だろうか?

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 たったの16才という点については、もう私は答えたつもりだ。ものの価値は年数によって数えられるものではない。それどころか、年数が経つ程に、価値すなわち存在は、金と勝利と財産に姿を変える。それだけ彼女は彼女自身でなくなる。マルチナ・ヒンギスが他の誰よりも純粋な価値を持つのは、彼女がとても若いということなのである。

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Author:ハイジおばさん
スイスとのおつきあいは、スイス政府観光局から始まって、もうかれこれ40年。まだまだ奥深いスイスの魅力を追いかけています。hpもどうぞご覧下さい。
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