●スイスの文化歴史街道ViaStoria - 22
■ トマスクックの道ViaCook - リギ山
1873年に頂上まで開通したリギ鉄道。その式典の模様は、久米邦武著『米欧回覧実記』に詳述されています. その鉄道は、「尋常の鉄路の如く、双軌を設け、中央にまた一条の鉄をしき、これに歯格を設く。その上をめぐる蒸気車は、前伏して後軒起す・・・・・・」とある通り、線路の中央にもう一本歯条式の鉄条を敷き、その上を走る車両の下部につけられた歯車と噛み合わせてずり落ちないようにして登るラックレール式の鉄道だったのです。この方式がとりいれられて可能になった、ヨーロッパ初の登山鉄道の開通でした。このラックレール式には4つの異なる方式があり、日本で良く知られるアプト式というのは、この4つの方式のひとつです。
岩倉具視卿は、この挿絵と同じ風景を見たに違いありませんが、トマスクックツアーの到着は、10年ばかり早すぎたということになります。

1873年に開通したリギカルトバードから頂上のリギクルムへの路線。線路の中央にもう一本軌道が見える。

リッケンバッハ式の機関車

頂上のリギクルムホテル付近の賑わい。
1873年に頂上まで開通したリギ鉄道。その式典の模様は、久米邦武著『米欧回覧実記』に詳述されています. その鉄道は、「尋常の鉄路の如く、双軌を設け、中央にまた一条の鉄をしき、これに歯格を設く。その上をめぐる蒸気車は、前伏して後軒起す・・・・・・」とある通り、線路の中央にもう一本歯条式の鉄条を敷き、その上を走る車両の下部につけられた歯車と噛み合わせてずり落ちないようにして登るラックレール式の鉄道だったのです。この方式がとりいれられて可能になった、ヨーロッパ初の登山鉄道の開通でした。このラックレール式には4つの異なる方式があり、日本で良く知られるアプト式というのは、この4つの方式のひとつです。
岩倉具視卿は、この挿絵と同じ風景を見たに違いありませんが、トマスクックツアーの到着は、10年ばかり早すぎたということになります。

1873年に開通したリギカルトバードから頂上のリギクルムへの路線。線路の中央にもう一本軌道が見える。

リッケンバッハ式の機関車

頂上のリギクルムホテル付近の賑わい。
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