[326]スイスに住んだセレブ−1の2

■ 30年もその村に住んで!

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墓地の一番奥の木の十字架がオードリーの墓。そのあとには,当時まだ誰も埋葬されていなかった

 1993年1月、ヘップバーンがスイスで亡くなったというニュースが流れた時、まだ現職のスイス政府観光局員だった私は、大慌てでトロシュナという場所を地図で探したものです。ともかくそれまで現存の有名人の情報がはいってくることは皆無だったのですから。
 その年の6月、私は出張にかこつけて、とるものもとりあえずトロシュナ村に駆けつけました。時間がないので、モルジュの駅からタクシーでぐるりと回ってもらったのです。運転手は、「うん、ヘップバーンも何度か乗せたよ。ローザンヌの映画館に行くのだと言っていた。ちっとも飾らない人だったよ」。そして私の大好きだったウィリアム・ホールデンが住んでいた家とか、近くにユル・ブリンナーの元夫人が住んでいるとか、まったくお隣さんのことを話すように、あれこれと聞かせてくれたのでした。住んでいた家の前はもちろん、ちょっと小高い丘のようになっているトロシュナの墓地にも連れていってくれました。その時は仮の墓標で、木の十字架が慎ましく立っていましたが、まもなく前述のような石の墓に変えられたのでした


スキャン_convert_20150424103054 AH+2_convert_20150424100816.jpeg              当初は162番という番号札だけだったオードリーの墓          オードリーが30年も住んだ、「ラ・ペジーブル」の館。

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Secre

No title

あれはたしかベゴニアだったかな?ふつ〜うのお花でしたよ。
他にはまったく有名人の墓はなく、村人ばかりだったと思います。

へえ~、いいねえ。

ハイジおばさんへ。

タクシーの運転手との会話、シーンが目に浮かびます。

なくなってしまえばただの人?墓前の花壇、何の花かな。
この墓地、他に有名人もいるのかな。
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ハイジおばさん

Author:ハイジおばさん
スイスとのおつきあいは、スイス政府観光局から始まって、もうかれこれ40年。まだまだ奥深いスイスの魅力を追いかけています。hpもどうぞご覧下さい。
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