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[327]スイスに住んだセレブ−1の3

■終の住み家「ラ・ペジーブル」舘

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亡くなったあと、日本人が買うという噂もあった、ラ・ペジーブルの館の県道側通用門。            広大な敷地の脇の道を通って子供達は学校へ。

オードリー・ヘップバーンが、最初の夫メル・ファーラーとの子供であるショーンを連れて住み始めたトロシュナ村の「ラ・ペジーブル」(=the peacefulの意味)の館。二番目の夫となるドッティとは、この村の小さな教会で結婚式を挙げ, 二人目の息子のルカも生まれました。息子たちは、館の脇の道を通って一緒に村唯一の学校に通い、オードリーも他の子供のお母さんたちとなんのへだてもなくご近所つきあいをしていたとのことです。
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ラ・ペジーブル舘の白い柵の通用門から振り返ると、県道越しにこんな景色が広がる。 
たった1.6キロ平米、人口1600人ほどのこの小さな村には、商店もホテルもなく,ブドウ畑と果樹園ばかりが一面に広がっています。ここにオードリー1993年に亡くなるまでの30年間を過ごしました。
何故ここに?
それは彼女が、ひとりのお母さんであろうとし、それ以上を望まなかったからではないでしょうか?

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Secre

No title

ほんと、平凡な人間に生まれてよかったと思いますね。才能が落差となって身を滅ぼす例は沢山ありますものね。そこを自分で制御できたヘップバーンという人は偉いです。でも 63才の死とは早過ぎる!!!

そっとしてあげたい

ハイジおばさんへ。

有名人は、常に人の目を気にしながらいきていかなければなりません。
現役の頃、インタビューでさまざまな芸能人のプライバシーを覗かせてもらいました。

遠慮のない視線にうんざりすることもありますが、注目を浴びなくなって、誰も振り向かないのもまた淋しいもの。
ヘップバーンのように世界的スターであれば、一家族として、平凡な生活することもまた、望むところだったのかもしれませんね。
プロフィール

ハイジおばさん

Author:ハイジおばさん
スイスとのおつきあいは、スイス政府観光局から始まって、もうかれこれ45年。まだまだ奥深いスイスの魅力を追いかけています。hpもどうぞご覧下さい。
www.office-romandie.info/

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