[333]スイスに住んだセレブ-1の9

■左手のウイングではユニセフ親善大使

オードリー・ヘップバーン・パヴィリヨンの左半分は、彼女のユニセフでの活動の紹介に充てられていました。当時の入館料は10スイスフラン、収益はユニセフやオードリー子供基金の援助に充てられ、運営は約50人のヴォランティアによって行われていました。

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オードリー自筆の絵。ユニセフのカードになっている。

入館者の筆頭は日本人で、『ローマの休日』をはじめとするオードリーの華やかなスクリーン人生の再現を期待した訪問者には、この左半分の展示は、やや意外だったかもしれません。ごく初期の当館紹介パンフレットには、現地の日本食仕出屋の広告も載っていました。

1929年生まれのオードリーが、ユニセフの親善大使になったのは59歳の1988年のこと。それから5年後の1993年に大腸ガンで亡くなりました。自分がガンだと判った時、最後のパートナーだったロブの腕の中でさめざめと泣いたと、まるで見たかのように書いた本もありました。ともかくたったの63歳!若すぎます!


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Secre

No title

昨夜もBS朝日で、オードリーを引き合いに、ローマの町の紹介をやっていましたね。まさにいつまでも銀幕上に生き続ける妖精! このパヴィリヨンは、オードリーが必死に守った私生活がここにある!と知らせずにはいられなかった周囲の熱意の賜物だったでしょうが、息子たちが早々に手を引いたのも,反面わかるような気がします。

それにしても、あのカードの姿は、なにか着流しのようで、背中におんぶ!とても日本的だなあといつも思います。

想定外だったかな

ハイジおばさんへ。

女優のオードリーを期待している観光客にとって、ユニセフ親善大使は想定外だったかも。

自筆イラストの、子供を背負う彼女の涙は、餓えに苦しむ世界の子供たちへの悲しみでしょうか。

それにしても、首が長すぎますね。ユニセフへの募金に首を長くして待っているということかな。
毎年、わずかながら寄付してますが、今年はネパール地震被害に対して送りました。
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ハイジおばさん

Author:ハイジおばさん
スイスとのおつきあいは、スイス政府観光局から始まって、もうかれこれ40年。まだまだ奥深いスイスの魅力を追いかけています。hpもどうぞご覧下さい。
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