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[457]ハイジおばさんの断捨離日記-45

▼路傍の紫陽花 DSC_0262_convert_20190620145840.jpg

[456]-ハイジおばさんの断捨離日記44

⭐️童話作家じゃないアンデルセンの世界唯一時計

 うかうかとスイス国内にご無沙汰している間に、スイスの時計業界にも新星が登場していたらしい。童話作家のアンデルセンと同じ、デンマークの出身。1942年生まれというから、もう新星とも言えないが、作る時計は、全て、客の注文に応じて、時計という常識を超えた、精密かつ芸術的な時計を作るらしい。ハイジおばさんもまだ実物を見たことがないけれど、何やらNHKが8Kテレビで紹介するらしい。

 このアンデルセンという時計の魔術師が、触るだけで作動するMontre A Tactをいうものを作った図が手に入ったので、添付します。

Artistique_vue_1  Montre_ATact_convert_20190610172240

 何でも時計の横の数字で時間などが読めるので、持ち主は腕を回して見る必要がないとのこと。そのほか、2400年までの閏年の調整が不要だとか、様々のエロチックな場面が自分の好みで作り出せる時計とか、ともかく持ち主の要望に従って、一点ずつ製作するというものらしい。ハイジおばさんも実物をまだ見せてもらっていないので、説明に窮するのですが、ご興味のある方はhttp-//andersen-geneve.chと6月11日から4夜連続だという、NHK8Kテレビをご覧ください。

[455]ハイジおばさんの断捨離日記−43

🔷お気に入りのスイス・アニヴィエの谷
友人の息子さんが、スイスの写真を送ってきた。
偶然にも私に一番縁が深いアニヴィエの谷だ。
写真の一番奥の尖った氷の山の右隣にマッターホルンがあるのだが、残念ながら谷の左側の高台にあるサンリュック村まで上がらないと見えない。
しかし見えると言っても、そこから見るマッターホルンは西北壁で、普段カレンダーなどで見る三角錐の山とは似ても似つかないのだが・・・。

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彼は、モリーユという、春に取れるキノコを採りに行ったらしい。
左下に見える靴や卓上のアーミーナイフと比べると、キノコが大きいのににびっくり!!!
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[454]ハイジおばさんの断捨離日記ー42

✳️まずどこに逃げればいいの?〜その2

 区議との対話を通して色々知るうちに、災害時の避難に関して、実に様々の似たような用語が使われていることが浮上してきた。

まず、東京都の『東京防災』と、区(私の場合は世田谷区)の、防災に関する用語の食い違いだが、これは是正が遠い話になりそうなのでひとまず脇に置き、世田谷区の例だけを見てみた。


その1) 「避難場所」と「避難所」の違い
「避難場所」は(一時的に)避難するところ。
「避難所」は自宅に戻れなくなった人が一定期間過ごす(生活する)場所。


世田谷区議の説明では、上記だそうだ。なるほど!
しかし、先に紹介した松原小学校の看板では、
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と違う呼称が使われている。

もうここで4種類の呼称が乱立している。これだけでも災害時の区民の不安と混乱を招くことは想像に難くないし、区政に関してはこの程度のぼんやりした信頼感しか持たないだろう。

緊急時の呼びかけは、視覚的にも聴覚的にも、とっさに理解できるものでなくては意味がない。区政の担当者には、まずこの点を理解してもらう必要がありそうだ。

[453}ハイジおばさんの断捨離日記ー41

スイスのル・コルビュジエ

世界遺産にも認定された上野の国立西洋美術館で開催中の、ル・コルビュジエ展。
フランスの建築家として後援も全てフランス関係である。

しかし彼はれっきとしたスイスの出身者で、スイス名はジャヌレ。
「ピュリスムの時代」というサブタイトルに、一片のスイスを発見できるかと期待して、新緑の上野の森に出かけて見た。

ル・コルビュジエの出身地は、スイス北部フランスと国境を接するジュラ地方のラショードフォンだ。フランスとスイスを分けるジュラ山脈のその東側、かつて宗教改革の時に、ユグノーと呼ばれるフランスの新教徒が逃れてきた地方である。スイスのシベリアと呼ばれるこの地方には、新教徒の末裔が多くすみ、名前にもユグノーとかユグナンとかが残っている。
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スイス時計産業の中心地であるラショードフォンの街には、ル・コルビュジエが建てた建物がいくつか残っている。その中で私が特に心惹かれたのは、彼が両親のために建てたという「白い家」であった。小高い丘の上にあって、外見より中は広々として、コルビュジエ独特の空間が広がる。

この空間の空気は展覧会の図面では表せない。
スイスからだんだん離れていった彼の当時の作風を見ながら、隣接して展示されていたこの国立西洋美術館常設展の数々に、何かホッしたものを感じたことは否めない。


プロフィール

ハイジおばさん

Author:ハイジおばさん
スイスとのおつきあいは、スイス政府観光局から始まって、もうかれこれ40年。まだまだ奥深いスイスの魅力を追いかけています。hpもどうぞご覧下さい。
www.office-romandie.info/

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